いざ!NZへ Hop Step Dive! ~ずっこけ親子のAuckland滞在顛末記~ 第04話

第04話~渡航決心からNZ入国までの半年間~その②

 

やはり確かで詳細な現地学校の情報が、私には必要だった。

改めてPCに向かう。その日偶然ヒットしたのが、なんと私と同じ市内に住んでいるというNZ専門の移住と留学のエージェント、寺西さんのページだった。夏休みの間だけご自宅のある長谷で、しかも私にとっても自転車で行けるような身近な場所で、無料の相談会を開催中!という。

 

基本、私はインターネットの情報というものに対して、それが育った年代的に共通の感覚なのかどうかはわからないが、常に懐疑的な感覚を持っていた。事実に基づく数字や位置、言語やいわゆる百科事典的情報、リアルなニュース等以外の、いわゆる営業活動、ビジネスという側面において、小さなコンピューターの画面に表示された情報と言葉の羅列は、どれもこれも一応それなりの信ぴょう性と甘い言葉、うっかり飛びついてしまいそうな手軽で美味しいサービスの数々を武器に、自信満々で訴えかけてはくる。しかし、何をもってそれらを真実と受け止めるのかの判断は、100%情報をキャッチする我々の側に委ねられている。それを判断するための決め手は一体何なのか、画面の中だけの情報の、何を信じたらよいのか、私には正直わからなかった。わからない仕組みも沢山あった。わからないから疑っていたし距離をとっていた。

 

では、何を信じるのか?

それはやはり五感だと思っている。実際、こちらに来て感じるのは、私のとんでもない英会話力であっても、対面して話すと、ぶっちゃけ内容の詳細が理解できなくとも話し手の目の動きと表情、声のトーンから伝わる情報によって、その人がどんな人なのか、今どう感じているのかという情報は確実につかめる。タイプとして真面目なのか、神経質なのか、騙そうとしているのか、心からの言葉なのか…などなど、しかもその印象はたいていの場合大きく外れない、と思っている。

なので、まさに待ってました!というタイミングでヒットした寺西尚樹という人物ではあったけれど、一体どんな人なのか?私はしばらく躊躇ったが、思い切ってアポイントのメールを、他の何件かのエージェントへの連絡とともに送信した。

 

インターネットだけの情報で見知らぬ人と会うという選択は、しつこいようだが私にとってはかなり勇気のいることだった。けれど、その躊躇を押し退けてでも会ってみようと思えたのは二つの理由からだったと思う。

一つは寺西さん自身がずっと書き続けているブログを読んだからだ。内容は多岐に渡ってはいたが、ご自身の海外での生活と様々な経験を踏まえて、彼がなぜ海外に挑戦する人々を応援したいのか、そして海外に出ることの意味を、功罪の両面からきちんと正直に伝えていたからだった。いいことばかりではないかもしれない、何かを手に入れるということは同時に何かを失うことでもあるということ、海外生活は決して甘くはないということも、でも見えない明日のことを心配するよりも、本当に行きたいと思っているのなら、できる限りのいい準備をした上で覚悟を決めて、最終的には飛び込んでみなければわからないのだ、と。飛び込んだ先でたとえ何があってもそれは失敗ではない。行動しなかったことこそが後悔という失敗なのではないかと。

その言葉には嘘がないと私には感じられた。この小さな島国の日本人である我々が、海を越えて、慣れない言語と文化を持つ別の国であえて生活してみようという選択、そしてそれを実際に行動に移すということの意義と価値。その点において私は深く共感してしまった。まさにあの時の私は、その挑戦に立ち向かおうとしていたからだ。同じようなことを考えている人っているんだなと思った。この人なら話してみたいと思った。

 

二つ目は、縁。それこそ最も不確実な第六感なんじゃないの?と言われれば反論はできないけれど、あの時の私にとっては、母子でNZ渡航!という人生最大ともいえる決断をしたことによって、その必死さ、目的を定めて行動するためのエネルギ―という点では最大のパワーを内包していたのかもしれない。そのタイミングで見つけた、市内での「無料相談会」と寺西さんのブログは、今のこの私自身のエネルギーと強い思いこそが引き寄せた良き縁に違いないと、根拠のない自信があった。

そして、真夏の日差しが照り付ける中、私は長谷へと向かった。